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広島地方裁判所 平成3年(ワ)261号 判決 1996年3月28日

原告

畑本法子

ベラスケズ・ホワン・アルベルト

右両名訴訟代理人弁護士

小笠豊

被告

大屋悟

右訴訟代理人弁護士

新谷昭治

秋山光明

大元孝次

主文

一  被告は、原告畑本法子に対し、五五〇万円及びこれに対する平成二年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告畑本法子のその余の請求を棄却する。

三  原告ベラスケズ・ホワン・アルベルトの請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを八分し、その七を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

1  被告は、原告畑本法子に対し、三一二〇万円及びこれに対する平成二年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告ベラスケズ・ホワン・アルベルトに対し、一四五〇万円及びこれに対する平成二年八月三一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

被告は、肩書地において大屋産婦人科医院を開設し、医療業務を営む医師である。

原告畑本法子(以下「原告法子」という。)は、昭和四〇年一二月二三日生れの女性であり、原告法子及び原告ベラスケズ・ホワン・アルベルト(以下「原告ベラスケズ」という。)は、亡畑本愛クリスティーナ(以下「愛クリスティーナ」という。)の両親である。

原告法子は、第三子(愛クリスティーナ)を妊娠し、被告の診察を受けていたが、平成二年八月三〇日、出産のため右医院に入院した。被告は、同日プロスタルモンE錠(プロスタグランディン製剤)を投与したが、分娩に有効な陣痛の発来をみなかった。そこで、同月三一日午前一〇時より、分娩誘発剤のアトニン―O(オキシトシン製剤)を投与したところ、大量の出血がみられた。子宮破裂が疑われたため、高次医療機関である安佐市民病院に転送したところ、原告法子は、同日、子宮破裂により子宮摘出手術を受けた。

また愛クリスティーナは、同日、安佐市民病院で帝王切開により出生したが、その後、土谷総合病院の未熟児センターに転送され、同病院に入院していたが、平成三年一月一七日死亡するに至った。

二  争点

1  事実的因果関係

(一) (子宮破裂の原因)

(1) 原告らの主張

分娩誘発剤アトニン―Oの投与によって引き起こされた過強陣痛が原因である。

(2) 被告の主張

本件子宮破裂は、原告法子が以前に巨大児・超巨大児(第一子四三六〇グラム、第二子四七一八グラム)を経膣分娩したことによる分娩時損傷(軟産道の脆弱化)に起因する。

(二) (愛クリスティーナの死因)

(1) 原告らの主張

子宮破裂・胎児仮死を原因とする低酸素症による脳障害と愛クリスティーナの死亡との間には相当因果関係がある。

(2) 被告の主張

愛クリスティーナは、ファロー四徴症極型に、大動脈弁狭窄の奇型が加わるという重度の先天的心臓奇型により死亡したものであり、子宮破裂・胎児仮死に基づく脳障害により死亡したものではない。

2  被告の債務不履行ないし不法行為上の過失の有無

(一) (アトニン―O使用の適応の有無)

(1) 原告らの主張

平成二年八月三一日のアトニン―Oの使用(分娩誘発剤による誘発分娩)は、医学的適応がなく、母体が分娩準備状態にないにもかかわらず行われており、これは、医療契約の本旨に従わない履行又は過失である。

(2) 被告の主張

分娩誘発剤使用の医学的適応は、妊娠継続が母児に何らかの危険・不利益をもたらす可能性があり、妊娠を早く終了させるべきと判断される場合に認められる。

本件において、原告法子が、前二回の分娩で巨大児・超巨大児を出産していることを前提にすると、予定日を七日超過したことによる児の過熟化及びそれに伴う難産が懸念される状態にあった。

また、平成二年八月一四日の風船ブジーの使用による子宮内感染のおそれもあった。

このように、母胎における分娩に際してのハイリスクを回避する目的で分娩誘発剤を使用する場合には、医学的適応は認められる。

さらに、胎児側の要約(必要条件)についても、児心音正常が確認されており、問題はない。

したがって、原告法子は、陣痛誘発の医学的適応を満たしており、この点において被告の債務不履行ないし過失は存在しない。

(二) (アトニン―Oの投与量(特に増量の程度)の適否及び監視義務違反、アトニン―Oの投与中止義務違反の有無)

(1) 原告らの主張

① 本件では、平成二年八月三一日午前一〇時にアトニン―Oの投与を毎分一〇滴(五mU/分)で始めたが、その増量に当たっては、一五から三〇分毎に毎分三滴(1.5mU/分)ずつ患者の状態を慎重に監視しながら増加すべきであった。

にもかかわらず、本件では、アトニン―O投与開始から一五分経過後、被告医師の診察もないまま、看護婦の陣痛が強くないとの報告のみで毎分一五滴(7.5mU/分)に増加したことは不適切である。

また、分娩誘発剤の使用に当たっては、分娩監視装置の常用が望ましく、誘発開始前から装着して陣痛の発来状況を観察・記録する必要があるにもかかわらず、本件では、午前一〇時にアトニン―Oの投与を開始した時点では分娩監視装置は装着されておらず、陣痛が強くなった午前一〇時四〇分ころ初めて監視装置を装着しているのは極めて不適切である。

以上の点において、被告には、医療契約の本旨に従わない不履行又は過失がある。

② 誘発分娩開始以降の観察が十分であり、それに基づいて適切な処置がとられていたら、アトニン―Oの不適切な増量はなく、仮にアトニン―Oの増量がなされたとしても、過強陣痛、子宮破裂の切迫兆候の発見が遅れることはなく、アトニン―Oの投与を中止する等の適切な処置を行うことにより本件子宮破裂等は生じなかったものである。

(2) 被告の主張

本件におけるアトニン―Oの投与量は、開始時及び増量後も含めて過量とはいえず、許容範囲内のものである。

また、監視義務についても、一般開業医における現実問題として、外来診察時間中に医師が一人の産婦に付き添って経過を観察することは不可能に近く、医師の監督下において、助産婦あるいは産科看護婦が代理で監視をなし、異常の報告を受けたときに直ちに医師が診察できる体制であれば義務を尽くしているといえる。

本件分娩誘発剤の使用に当たっては、被告は、ベテラン看護婦に経過を逐次報告させ、それにより増量の指示や分娩監視装置の装着を指示しており、また、出血多量を認めるとすぐにアトニン―Oの点滴投与を中止し、さらに子宮破裂の切迫兆候を認めるや直ちに高次医療機関への転送を行っているのであるから、被告には監視義務違反はない。

また、分娩監視記録の上からは、過強陣痛を疑わせるものは存在しないのであり、被告にアトニン―Oの中止義務違反があったとはいえない。

(三) (説明義務違反の有無)

(1) 原告らの主張

被告は、誘発分娩を実施するに当たって、原告法子に対し、その必要性及び誘発分娩には子宮破裂等の一定の危険性があることの説明をしていないから、被告にはこの点で説明義務違反がある。原告法子は、正しい説明を受けていれば、誘発分娩は受けず、そうすれば原告法子の子宮破裂及びそれによる胎児仮死等も起こらなかったのであるから、説明義務違反と子宮破裂及びそれによる胎児仮死等との間には相当因果関係がある。

(2) 被告の主張

平成二年の八月一四日の誘発分娩は、原告法子の希望による計画分娩であり、十分な説明がなされ、原告法子はそれを理解・納得した上で誘発分娩を希望している。

そして、同年八月三〇、三一日の分娩誘発剤の使用については、八月一四日の説明を基にさらに説明を尽くし、原告法子の同意を得て使用したものであり、被告には分娩誘発剤使用に際しての何らの説明義務違反は存しない。

(四) プロスタルモンE(プロスタグランディン)とアトニン―O(オキシトシン)の併用使用の適否

(1) 原告らの主張

プロスタグランディンとオキシトシンは、陣痛発来機序が異なり、相乗効果もあるので、併用使用は避けるべきであるにもかかわらず、本件分娩においては、平成二年八月三〇日夜にプロスタルモンE、同月三一日午前中にアトニン―Oが使用されている点にも、被告の債務不履行ないし過失がある。

(2) 被告の主張

プロスタグランディン内服錠の服用後一〇時間三〇分を経過した後に、オキシトシンの点滴静注を開始した場合には、二剤の相乗効果によって過強陣痛が発生するおそれはない。

したがって、この点について、被告には、債務不履行ないし過失はない。

3  損害額

原告らが主張する損害は以下のとおりである(請求総額四五七〇万円)。

(一) 愛クリスティーナの損害(原告法子及び原告ベラスケズが二分の一ずつ相続)

(1) 慰謝料 一六〇〇万円

(2) 逸失利益 一〇〇〇万円

(二) 原告法子の損害

慰謝料 一五〇〇万円

(三) 弁護士費用 四七〇万円(原告法子三二〇万円、原告ベラスケズ一五〇万円)

第三  争点に対する判断

一  まず、事実経過につき判断するに、証拠(甲一ないし三、八、九の1・2、一〇の1・2、一五、一六、一九、二六、乙一、二、一一、一四、一五、鑑定、証人平位剛、証人木下義久、原告法子、被告)及び弁論の全趣旨によれば、前記争いのない事実のほか、次の事実が認められる。

1  原告法子は、第三子妊娠のため、平成二年一月一九日、大屋産婦人科医院を訪れ、被告の診断を受けた。この時点で原告法子は妊娠九週であり、分娩予定日は同年八月二三日と診断された。

なお、原告法子は、それまで経産二回(生下時体重 第一子四三六〇グラム、第二子四七一八グラム)の他、人工中絶一回、自然流産一回を経験していた。

2  同年二月一六日、原告より人工中絶の申し出があったが、被告は、妊娠中期であり、超音波により児の体が形成されていること及び、胎動が確認されること等から中絶手術施行を拒否した。

3  同年八月一三日、原告法子は、夫である原告ベラスケズの盆休暇の間に出産したいとの強い希望により同医院に入院した。これに対し、被告は、陣痛発来前の誘発分娩は計画分娩であり、誘発には分娩誘発剤を使用すること等の説明を行い、原告法子は、その説明に納得した上で、誘発分娩を希望した。

同日二〇時から二三時まで一時間毎にプロスタルモンE錠を合計四錠経口投与した。この結果、軽い陣痛が起きたが、時間の経過と共に陣痛は消失した。なお、この間児心音は良好であった。

翌一四日一〇時四〇分、頚管軟化、開大を目的として風船ブジーを挿入したが、一五時三〇分には被告の内診の結果、風船ブジー自然抜去を確認し、洗浄処置を行った。同日一八時より二一時まで一時間毎にプロスタルモンE一錠ずつ合計四錠を経口投与した。二〇時には分娩監視装置を装着し、陣痛の発来を確認したが、二一時以降陣痛は消失した。

翌一五日七時三〇分、被告の内診の結果、児頭高く、分娩誘発は無理と判断し、原告法子は退院した。

4  その後、平成二年八月三〇日までの診断経過は次のとおりである。

八月二〇日、子宮口二指開大し、頸部はやや軟であった。

二五日、妊娠四〇週、子宮二指開大し、頸部やや軟であった。

二八日、下腹部緊張感出現したが、出血はなかった。血圧正常であった。

5  八月三〇日午前一一時に被告が診断したところ、子宮口二指開大し、やや柔らかくなっており、下腹部に緊張感があり、一〇分ごとにおなかが張るとの訴えがあった。このときのビショップスコア(頸感成熟度)は五点に相当した。また粘液性の帯下が認められた。一一時二〇分ころより三〇分間、分娩監視装置を装着したところ、児心音に異常はなく、十二、三分おきに陣痛が認められたため、夕方入院を勧めた。

6  同日二〇時二〇分、原告法子は同医院に入院した。入院後は、午前中見られた陣痛は弱くなり、微弱陣痛で推移している傾向が見られた。そこで被告は、「分娩がどうもスムースに進んできていない。これは陣痛が弱いことが原因であると思われるので、もう一度薬を飲んでみましょう。」と原告法子に説明した上、同日二〇時三〇分から二三時三〇分まで一時間毎にプロスタルモンEを一錠づつ経口投与した。

二三時二〇分から同五〇分まで分娩監視装置によるNST検査の結果、約八分の間隔で微弱な子宮収縮がみられ、児心音は正常であり、血圧にも異常は見られなかった。

7  八月三一日午前八時、被告が内診したところ、子宮口開大三指弱であり、児心音は正常であった。また、児頭は少し高いが、胎胞に少し触れることができた。下腹部緊張感はあったが、陣痛は微弱であり、分娩進行に有効な陣痛の発来は見られなかった。

そこで、被告から原告法子に対し、「陣痛をここで強くして、分娩を進行させるために今日は点滴をしましょう。」とアトニン―Oの使用について説明がなされ、これに対して原告法子は「はい」と答えた(被告は、分娩誘発剤の使用について、八月一四日の説明を基にさらに説明を尽くしたと主張しているが、本件全証拠によっても、アトニン―O使用の必要性や危険性についてこれ以上の説明があった事実は認められない。)。

午前一〇時、アトニン―O2.5単位の投与が、インフユージョンポンプ一分間一〇滴の割合(一分間0.5ミリリットル)で開始された。

一〇時一五分、原告法子を監視中の看護婦から、外来診察中の被告に対し、出産に有効な腹部の張りと出血が見られないとの報告があった。この報告に基づいて、被告は、アトニン―Oの点滴投与につき、一分間一五滴(一分間0.75ミリリットル)に増量するよう指示した。

一〇時三〇分、被告は、陣痛間隔が一ないし1.5分間隔になったとの報告を受け(乙一の被告のカルテの記載からは、陣痛間隔が一ないし1.5分間隔となったのは、一〇時一五分にアトニン―Oを増量する以前であるとも考えられる。しかし、カルテのこの部分については、安佐市民病院についてまとめて書いた部分であり、時間的経緯に従って書かれたものではないこと及び原告法子及び被告本人尋問の各結果からは、陣痛間隔が一ないし1.5分間隔となったのは、アトニン―O増量後の一〇時三〇分ころであると認められる。)、分娩監視装置装着を指示し、一〇時四〇分には記録が開始された(分娩監視装置の記録については、装着直後の数分間は、人工的な作動による機械の誤作動が発生し、正確な判読は困難であるが、それ以後は、陣痛曲線では、周期が二分間隔で、発作が一分程度の陣痛が、胎児心拍数曲線においても、基線胎児心拍数が毎分一五〇心拍程度の、微細変動はほとんどないが、一過性頻脈が観察される胎児心拍動が記録されている)。

一〇時五〇分、被告は、外来看護婦に原告法子の様子を見るよう指示したところ、看護婦から原告法子に出血が見られるとの報告を受けたため、直ちに診察したところ、凝血のある多量の出血を認めたので、分娩監視装置をはずし、病室から分娩室へ移送した。

一〇時五二分、被告はアトニン―Oの点滴を中止し、ラクテックG五〇〇ミリリットルに切り換えた。このとき子宮口は四指開大しており、手拳大の血塊が混ざった出血が認められ、病的収縮輪が認められ、血圧は上が一〇二、下が八〇であり、顔色不良にて前ショック状態で子宮破裂も疑われた。

一一時〇〇分、被告は、安佐市民病院産婦人科部長である平位剛医師(以下「平位医師」という。)に電話連絡をし、転送受入れを受諾された後、救急車で同病院へ転送した。

8  途中、救急車の中では、被告が付き添っていたが、原告法子は、強い痛みを数度にわたり訴えていた。

一一時三四分には同病院へ到着し、直ちに手術室に搬入した。同病院の平位医師の診断の結果、全身所見としては、ショックの少し前の状態であり、多量の出血が認められ、胎児部分を直接腹壁から触れることができたので、完全子宮破裂と判断された。

なお、子宮破裂の時期について、本件全証拠によっても、子宮破裂がいつ始まったかを正確に認定することはできない。しかし、一〇時五二分に被告が原告法子を診断したときには、大量の出血、前ショック状態、収縮輪の異常な上昇等子宮破裂の前駆症状が認められたことから、少なくともこの時点では子宮破裂が生じていたものと認められる。

一方、完全子宮破裂(子宮壁の全層が断裂し、子宮腔と腹腔が交通するものをいう。)時には、陣痛発作の極期に突然激しい腹痛を感じ、その後陣痛が停止ないし微弱化するはずなのに、原告法子は、救急車で安佐市民病院に運ばれる途中に強い痛みを訴えていること及び被告が分娩室で収縮輪を認めていることからすれば、一〇時五二分の時点では完全子宮破裂は生じていなかったと認められる。

そして、原告法子が、安佐市民病院で平位医師の診察を受けたときは、明らかに完全子宮破裂であったと認められるから、時間は正確ではないが、まず不完全子宮破裂(子宮筋層の一部、または全層にわたって断裂するが、漿膜は断裂せずにとどまっているものをいう。)が発生し、それが時間の経過とともに完全子宮破裂に移行していったものと推認される。

そして、一一時五二分、開腹手術が開始された。平位医師の開腹所見によれば、児頭は子宮頸部及び膣内に嵌入していたが、子宮の下部、膀胱の移行部において横方向に幅広く断裂しており、子宮頸部は後壁を残すのみとなっていた。児の肩甲及び躯幹はすでに腹腔内に娩出されていた。胎盤は子宮後壁に付着していたが、常位胎盤早期剥離の所見はなかった。

一一時五七分に児(愛クリスティーナ)を娩出した。

一五時四〇分、子宮膣上部切断術施行による子宮並びに左子宮付属器摘出術が終了し、一七時に原告法子は、病室に戻った。

その後、原告法子は治療を続け、同年九月一七日に安佐市民病院を退院した。

9  一方、愛クリスティーナは、平成二年八月三一日、体重三〇二七グラムで出生した。出産直後の状態は心拍数毎分一〇〇心拍以下、呼吸不規則、筋緊張中等度、反射運動はなく、躯幹はピンクで四肢蒼白と生後一分のアプガースコアは四点という重症仮死であった。直ちに気管内挿管が行われ、酸素を投与したほか、心マッサージ、エフェドリン投与等が行われ、三〇分後にアプガースコアは一〇点となった。

しかし、心雑音が認められ、ファロー四徴症が疑われた。そのため同日夕方、心疾患の専門病院である土谷総合病院に転送され、NICU(未熟児管理センター)に入院した。

10  同病院における入院時の心エコー検査の結果、愛クリスティーナは「ファロー四徴の極型」であることが判明したほか、動脈管開存、大動脈狭窄と診断された。ファロー四徴症の極型とは、肺動脈閉鎖、心室中隔欠損、大動脈騎乗、右心室肥大の存する心臓奇型をいい、肺動脈閉鎖及び心室中隔欠損があるため、体循環により右心室に達した血液(静脈血)が肺動脈に移行することができず、直接左心室に入り、そのまま大動脈に流れ込み、このままでは肺循環が全くできないため生存することができないものをいう。そこで、肺への代替血流路として動脈管(大動脈と肺動脈をつなぐ血管であり、正常な場合には、生直後閉鎖される。)が開存し、一部の血液は肺に流入して血液を酸素化(肺循環)させることにより、生存が可能となる。

なお、大動脈騎乗とは、大動脈が左右両心室の中隔の上にまたがる奇型をいい、右心室肥大とは、解剖学的な、右心室壁の肥大を来すものをいう。

そこでファロー四徴症に対する治療として、動脈管開存保持のためプロスタグランディンE1製剤の持続点滴が開始された。

その後の愛クリスティーナの治療経過は、以下のとおりである。

平成二年九月七日、頭部X線CTスキャンが施行され、頭蓋内出血像はなかったものの、中等度の脳浮腫が認められた。

九月一〇日、動脈管が狭小化していることが確認されたため、B―Tシャント術(鎖骨下動脈と肺動脈の吻合手術)が施行された。

九月二五日には、B―Tシャント術部及び動脈管の開存が確認された。

一〇月一五日、プロスタグランディンE1製剤の増量を行うも、低酸素血症が亢進した。

一〇月一六日、鎖骨下動脈と肺動脈間の血流は開存しているが、動脈管が閉塞しかかっていることが判明した。そこで、同日から翌一七日にかけて、上行大動脈と肺動脈の吻合のための緊急手術(セントラルシャント術)が開始された。手術後、同日午前二時にはICUに帰室した。

その後、一一月六日までは、動脈血酸素飽和濃度も安定しており、同月七日にはICUからNICUに転床した。

一一月六日、頭部X線CTスキャンにより軽度の脳室拡大像及び脳萎縮像が得られた。

一二月に入り、体重が徐々に増加傾向を見せ、同月一八日には広島市児童総合相談センターにて受診し、退院も考慮された。

一二月二八日から全身に浮腫がみられ、心臓の症状悪化が考えられた。

平成三年一月六日、心エコー検査(超音波心臓検査)の結果、左心室駆出率が四〇ないし五〇パーセントに低下していることが認められた。

一月一二日、心臓カテーテル検査実施前の一四時三五分、突然呼吸が停止し、徐脈となる。直ちに挿管し、呼吸管理をするとともに、酸素投与、強心剤の投与により蘇生した。しかし、それ以降一月一五日まで症状は好転することなく推移した。

一月一六日一九時二〇分、心臓カテーテル検査を開始したが、二〇時一〇分及び二一時〇九分の二回徐脈となり、心臓マッサージ、強心剤の投与にて蘇生した。二一時三〇分カテーテル終了し、NICUに帰室した。

二一時三二分、吸引直後に徐脈となったため、直ちに心臓マッサージを開始し、ボスミン静注、気管内挿管により蘇生した。

一月一七日一一時に心臓停止し、心臓マッサージ開始し、ボスミン静注、気管内挿管を続けるも効果なく、一二時一〇分に死亡した。

二  そこで、まず争点1(一)(子宮破裂原因)について判断する。

1  子宮破裂の原因としては、子宮下部の過度伸展、子宮筋の解剖的変化(帝王切開による瘢痕等)のほか、重要なものとして、陣痛促進剤の過剰投与等による加害子宮破裂があげられる(乙一〇)。

この点について、鑑定は、平成二年八月三一日午前一〇時四〇分から記録された分娩監視記録の陣痛曲線は、陣痛周期が二分、陣痛持続時間が一分、陣痛間欠期が一分であり、陣痛外測法では子宮内圧を正確に測定することは不可能であるとしながら、監視記録の振幅が二五mmHg前後の規則正しい陣痛が発来していることから、過強陣痛の所見は全くなく、また、胎児心拍数についても基線微細変動の消失は認められるが、徐脈や一過性徐脈はないことから、過強陣痛に基づく胎児仮死を思わせるものは全く存在しないとしている。

また、子宮破裂はたいてい縦に起きるのに対し、本件では横に断裂が起きたことから、子宮の横裂部位が前二回の巨大児の出産により弱くなっていた可能性があると指摘する。

2  しかし、分娩監視装置の使用に際しては、その装着が適正に行われる必要があり、ベルトがゆるんだり、トランスジューサが浮き上がると、陣痛を検出しなくなってしまい、本当は強い陣痛が来ているのに、一見ほとんど陣痛がないように見えることもある。また、分娩監視装置の使用に際しては、装置のゼロ点合わせと共に、陣痛が強くなっても全てが記録紙上に書かれるように陣痛感度の調整をする必要がある(甲二九)。

このように、分娩監視装置の装着の方法や感度の調整の仕方で監視記録の振幅は変わってくるから、この振幅だけで陣痛の強さを計ることはできない。

本件において、分娩監視装置は、陣痛が始まった後に約一一分間にわたり装着されたにすぎない。しかも、計測が開始された最初の四分間は、装置の装着ミスにより、胎児心拍数記録及び陣痛記録ともに判読が不能な状態であったのであり、さらに、監視記録上、装置を付け替えた後に基線が上昇しているが、それも装置の装着が悪いことに起因すると考えられる。

このように短時間の、しかも装着方法に問題のある分娩監視装置の記録上、過強陣痛の存在をうかがわせるものがないからといって、子宮破裂がアトニン―O投与によるものでないということはできない。

次に、前二回の巨大児の出産により、子宮が脆弱化していたか否かという点に関しても、前二回の出産から五、六年経っており(乙一)、子宮の筋力も十分回復して元通りになっているものと考えられ、また、中絶・流産の経験も子宮破裂と関係があるとは認められない。

さらに、原告法子の子宮筋の病理組織学的検査では、破裂を示している部分の肥厚した子宮壁より五箇所の検索を行った結果、最近の出血を示す子宮筋層において、その原因を示すような先行病変は形態学的に認められないと報告されている(甲一六)。

以上によれば、前二回の巨大児の出産により子宮が弱くなっていたことが子宮破裂の原因であるとする被告の主張には理由がない。

3  むしろ、平成二年八月三一日午前一〇時にアトニン―Oを投与する以前、また、投与開始後も一〇時一五分にアトニン―Oを増量するまでは有効な陣痛がなかったと認められるのに、増量後一五分を経過した一〇時三〇分には陣痛の間隔が1ないし1.5分となり、さらに一〇時五〇分には出血がみられているという事実経過及び鑑定も指摘するように、分娩監視記録に陣痛曲線が比較的規則正しく四回記録されており、このように比較的陣痛の周期が短く、頻回に発生する協調性の陣痛曲線は、オキシトシン開始時にみられる陣痛曲線であること、原告法子が今回出産した児の体重は三〇二七グラムであり、巨大児とはいえないこと等、本件においては、分娩誘発剤の投与以外に子宮破裂の原因となる要素は存在しないことから、アトニン―Oの投与が子宮破裂の原因であったと推認することには十分な合理性があるものと考えられる。

三  次に、争点1(二)(愛クリスティーナの死因)について判断する。

1  前記認定のとおり、愛クリスティーナにはファロー四徴症の極型という先天的な心疾患が存在した。

また、証拠(乙二、証人木下義久によれば、愛クリスティーナは、原告法子の子宮破裂に起因する低酸素状態による重度の仮死(アプガースコア四点)で出生したのであり、その後も、胎児仮死に続発した脳浮腫(無酸素性虚血性脳病変)が疑われ、土谷総合病院において、グリセオール及びフェノバルビタール療法が開始されており、平成二年九月七日の頭部X線CTスキャンによる検査では、頭蓋内出血はなかったが、中等度脳浮腫が認められ、同年一一月六日の頭部X線CTスキャンでも、軽度の脳室拡大像及び脳萎縮像が得られた事実が認められる。

2  一方、前掲各証拠によれば、愛クリスティーナは、平成二年一〇月一六日に行われた上行大動脈と肺動脈の吻合のための手術後、血流が増加し、その容量負荷に心臓が耐えられず、徐々に機能が低下したため、年末から心不全が増強し、心停止に至ったものであり、死亡原因は肺動脈の低形成及び高度の心筋の障害であると認められる。

このうち、肺動脈の低形成に関しては、同年九月二五日の検査の結果、通常肺動脈の径が六ないし七ミリなのに対し、愛クリスティーナの場合は、肺動脈の径が左右とも2.8ミリしかなく、PAインデックス(肺動脈の大きさの指標を表す数字)で、正常値が二〇〇から三〇〇なのに対し、愛クリスティーナの場合は64.8であると判明した。

しかし、この肺動脈の低形成は先天的なものであり、周産期に子宮破裂があったことと関係があるとは認められない。

3  そこで、心筋障害の原因として、子宮破裂・胎児仮死に基づく脳障害が影響を与えているか否かにつき検討する。

原告らは、第一に、ファロー四徴症の姑息手術成績・根治手術成績が、ともに五ないし一〇パーセントの死亡率であり、合併症がなければ一般的には予後は良好である(甲一七)こと、第二に、甲一五には、愛クリスティーナは、子宮破裂による低酸素状態により重症仮死で出生し、ブレインダメージがシビアであると予想され、予後が不良である可能性が高いと思われる旨の記載があること、第三に、乙二のうち、広島市児童総合相談センターにおける診断結果には、全体的な印象では現在及び今後の発達の遅れは、先天性心疾患の影響が七、仮死による脳障害が三くらいの影響力で進んでいくと思われる旨記載されていることから、子宮破裂・胎児仮死による脳障害が愛クリスティーナの死亡に影響を与えていると主張する。

しかし、第一の点に関しては、通常のファロー四徴症は、肺動脈が狭窄しているにすぎないのに対し、本件の場合は、ファロー四徴症の中でも右心室から肺動脈への血流が全くなく、肺動脈が閉鎖している、「極型」の場合であるから、手術成績を考えるに当たっても、通常のファロー四徴症と同様に考えるわけには行かないし、第二点についても、証人木下義久は、ここでいう「予後不良」とは、後遺症が残る可能性があるという意味で用いられており、仮死に対する生命予後という意味ではないと証言していること、さらに第三の点に関しても、同センターで診断した時期は、セントラルシャント術施行により、病状も安定し、体重も徐々に増加傾向を見せ、退院も考慮された時期であることを考えると、同センターの診断も、死亡に対する影響ではなく、現在及び今後の発達の遅れに対する影響をいっているものと考えられる。

以上によれば、原告の主張する理由からは、胎児仮死による脳障害が心筋障害ひいては愛クリスティーナの死に影響を与えているとはいえず、また、その他の証拠によっても、本件子宮破裂・胎児仮死と愛クリスティーナの死との間の因果関係の存在を認めるには足りないといわざるを得ない。

したがって、愛クリスティーナの死亡による慰謝料及び逸失利益の請求は理由がない。

四 次に、争点2(一)(アトニン―O使用の適応の有無)について判断する。

1 分娩誘発剤の使用は、母胎及び胎児に及ぼす影響が大きいので、その適応と要約を十分に考慮し、慎重に行わなければならない。

2 そこで、医学的適応の有無について検討する。

医学的適応による分娩誘発とは、母胎・胎児において、妊娠を継続した場合のリスクの方が分娩誘発を行った場合のリスクに比べて大きいと判断された場合に行われる。

胎児側の適応としては、妊娠中毒症、高血圧、糖尿病等の合併症によって胎盤機能の不全・低下が認められる場合や過期妊娠等が、母体側の適応としては、前期破水による子宮内感染のおそれがある場合等があげられる(乙二三、二六)。

しかし、本件では、母胎に合併症はなく、破水もしておらず、また、出産予定日を一週間経過していただけであり、過期妊娠ともいえない。

また、平成二年八月三〇日に行われたNST検査の結果も、胎児心拍数曲線も基線細変動がやや乏しいが、異常とまではいえず、医学的に急いで分娩を誘発すべき状態ではなかった。

3 被告は、原告法子が前二回の分娩で巨大児・超巨大児を出産していることから、難産の懸念があったことを指摘する。しかし、鑑定の結果にもあるように、被告法子の子宮底長はその当時三四センチ、腹囲は九二センチで、母胎体重増加も少なく、尿糖も陰性で、外診所見でも児の巨大化をうかがわせるものはない。

また、被告の主張する風船ブジーの使用による子宮内感染についても、自然抜去した場合で破水も起こっていないから、感染の危険を考慮して誘発の必要性が認められるべき場合ではない。

なお、鑑定は、愛クリスティーナのファロー四徴症は出生前に診断できた可能性があるとし、平成二年八月三〇日、三一日の胎児心拍数陣痛図(NSTの記録)について、微細変動がほとんどないことから、被告は、本能的に何か不吉な兆候を認識し、児が十分に成熟しているかぎり早く子宮外に娩出させて、早期治療に移行すべきであると考えたはずであり、このことから明らかに分娩誘発の医学的適応が存在したと断言できるとする。

しかしながら、我妻堯医師作成の参考意見書(甲二六)が指摘するように、万一妊娠中にファロー四徴症のような重大な心臓の先天異常に気付いた場合には、本件のように診療所で娩出させるべきではなく、直ちに新生児心臓外科手術の可能な病院に母体を搬送し、そこで娩出させるべきであった。

また、本件全証拠によっても、被告が、鑑定にいう胎児心拍数の基線細変動の減少及び胎児の異常に気付いた事実は認められず、娩出させてみたらたまたまファロー四徴症が合併していたことが判明したにすぎないと認められる。

したがって、この点においても、誘発分娩の医学的適応は認められない。

4 このように、被告は、原告法子に対し、医学的適応がないにもかかわらず、分娩誘発剤を使用したものであり、この点において、医療契約の本旨に従わない履行ないし不法行為上の過失が認められる。

五 次に、争点2(二)(アトニン―Oの投与量(特に増量の程度)の適否及び監視義務違反、アトニン―Oの投与中止義務違反の有無)について判断する。

1 まず、アトニン―Oを毎分一〇滴で投与し始めたことが不適切とまではいえないことは、当事者間に争いがない。

2 アトニン―Oの増量については、産婦人科医のガイドラインである日本母性保護医協会発行の「産婦人科医療事故防止のために」と題する冊子(甲一四)によれば、一五から三〇分毎に毎分三滴(1.5mU/分)ずつ患者の状態を観察しながら増加すべきであるとされるが、右冊子は平成二年一月に発行されたものであり、その発行と同時にそこに記載された方式が統一的に実施できるというものではなく、特に被告が一般開業医であること及び当時は分娩誘発剤の投与法について従来の投与法が議論されていた時期であり、投与法の基準がひとわたり確定するのに数年を要したという背景事情を考えれば、被告が、アトニン―O投与開始から一五分後に投与量を一分間一五滴(一分間0.75ミリリットル)に増量するよう指示したとしても、当時の医学水準を前提とする限り、一般論としては必ずしも不適切とはいえない。

3 しかしながら、アトニン―Oの使用説明書をはじめ各種の資料によれば、オキシトシンには、子宮収縮剤としての性格上、過量投与により過強陣痛を惹起し、その結果胎児徐脈、胎児仮死が発生することがあり、甚だしい場合には子宮破裂・胎児死亡などが生ずる危険があることか認められ、それゆえに、陣痛を誘発する際の要約(必要条件)としては、十分な分娩監視が可能であることがあげられる(甲二三)。

(一)  まず、子宮筋のオキシトシンに対する感受性は個体差が大きく、それを念頭に置いて、薬剤投与中は陣痛、児心音を連続監視すべきであり、特に、オキシトシン点滴投与開始初期には、しばしば子宮筋のトーヌスの増強や過強陣痛が出現する初期反応を認めるから、安定した子宮収縮の発来をみるまで、医師が持続して患者を観察すべきである。

(二)  分娩誘発剤の使用に当たっては、分娩監視装置の常用が望ましく、誘発開始前から装着して陣痛の発来状況を観察・記録する必要がある。分娩監視装置、胎児心拍の変化と子宮収縮・胎動の二つの波形のかねあいを監視する装置であり、この装置を十分利用できるようになると胎児仮死の発生を、発生とほぼ同時に知ることができるようになる(甲二九)。

(三)  また、子宮筋のオキシトシンに対する感受性は、分娩準備状態等により大きく変化するのであり、すでに昭和四九年発行の日本母性保護医協会の「研修ノート」(甲一三)にも、分娩が近づいてくると子宮の感受性が上昇し、毎分0.5ミリ単位の投与でも有効な陣痛が得られる場合があることが記載されている。そのため、オキシトシンの増量に関して、同ノートによれば、分娩監視装置によって少なくとも三〇分間陣痛の状態を監視してから、徐々に増量するよう指導されている。

4 したがって、被告には、以上述べたように厳重な監視義務があるにもかかわらず、アトニン―Oを投与開始時には当初分娩監視装置は装着せず、しかも被告は全く原告法子を観察せず、監視を看護婦に任せており、アトニン―O増量に際しても、被告は診察しないまま、陣痛が強くないとの看護婦の報告のみでこれを行っている点で監視義務違反が認められる。

5 本件において、誘発分娩開始以降、陣痛の状況を慎重に監視し、それに基づいてアトニン―Oの投与量を陣痛の状況に応じて調節し、その他適切な処置がとられていたら、子宮破裂は生じなかったものと考えられる。

また、過強陣痛が生じたとしても、早期に発見さえできれば、直ちに薬剤投与を中止し、産婦に安静をとらせ、酸素投与を行う等の対応をとり得ることを考えれば、監視義務が十分に尽くされていれば、仮にアトニン―Oの増量がなされたとしても、過強陣痛・子宮破裂の切迫兆候の発見が遅れることはなく、アトニン―Oの投与を中止する等の適切な処置を行うことにより本件子宮破裂は生じなかったものと認められる(甲一三、一四、二六、二九、三〇)。

6 この点、被告は、分娩監視記録の上からは過強陣痛をうかがわせるものはないことを理由に、子宮破裂の切迫兆候の発見はできなかったとして、監視義務違反はないと主張する。

しかし、前述のように、短時間の、しかも、不完全に装着された分娩監視装置の記録上、過強陣痛の存在がうかがわれないからといって、アトニン―Oの投与開始から適正に分娩監視装置が装着された場合に、監視記録から過強陣痛等の切迫兆候を発見できなかったということはできない。

また、分娩監視装置を装着するほか、医師ないし助産婦により子宮口の開大度、収縮輪の上昇の有無、子宮トーヌスの上昇等を慎重に監視していれば、子宮破裂の切迫兆候は早期に発見できたものというべきである。

したがって、この点に関する被告の主張は認められない。

7 以上、検討したところによれば、アトニン―O投与後の監視義務の点に関し、被告には、医療契約の本旨に従わない履行ないし不法行為上の過失が認められる。

六  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告は、原告法子の子宮破裂に関し、医療契約上の債務不履行責任ないし不法行為責任を負うことになるから、次に、原告法子が被告に対して賠償を求め得る損害額について判断する。

1  原告法子の慰謝料(請求額一五〇〇万円) 五〇〇万円

原告法子の子宮破裂に至るまでの経緯、被告の過失の態様その他弁論に現れた諸事情を考慮すれば、原告法子の精神的苦痛に対する慰謝料としては、五〇〇万円が相当である。

2  原告法子の弁護士費用(請求額三二〇万円) 五〇万円

原告らが、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは本件訴訟記録上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告法子について五〇万円とするのが相当である。

七  以上によれば、原告法子の本訴請求は主文の限度で理由がある。

(裁判官岩坪朗彦)

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